きみにつく、どんな嘘なら痛くなかった?
「ルルーシュ」
彼がそうして、自分の名前を呼ぶのが好きだった。
頬杖をついて窓の外を眺めながら、ルルーシュはその声を未だどこか懐かしい響きで聞いている。
すぐ隣でねぇ、と呼びかける声は昔よりも少しだけ低くなった。
首を傾げて教科書を見つめる目は昔よりも少しだけ大人びたようで。
空白の七年間は確かにこうしてふたりの間に横たわっていると感じざるを得ない。
ほんの少し、けれど確かに変わってしまった自分たちがそれでもこうして一緒にいられることを感慨深く思いながら、ルルーシュはこそりと笑みのまじった溜息を吐き出す。
「ルルーシュ?」
ようやく教科書から顔を上げたらしいスザクが不思議そうにこちらを見たのが解った。
それでも反応を返さない自分に彼はほんの少し微笑んで、先程よりも潜めた声で再度名前を呼んだ。
言葉遊びをするように楽しげで、どこか優しい諦観を含んだ声。
それをとても心地良く思いながら、ルルーシュはようやく彼に視線を向けた。
「ああ、聞いてる」
「あのさ、ここ。この問題解る?」
指された問いをちらりと流し読み、書き込みだらけの彼のノートを指で弾く。
「さっきもやったろ。あの公式だ」
「えっと…こういうこと?」
「そう。それを使えば下の応用も全部解ける」
「あ、そっか。ありがとう、やってみるよ」
笑う顔は、少しだけ幼い。
お人好しが滲み出るような笑顔だけを見ていたら軍属だなんてとても想像がつかない。
ルルーシュは彼には見えないように口角を上げ、カリカリとペンが走る音を聞きながら再度視線を遠くに投げた。
夕陽に染まる景色をぼんやりとアメジスト色の瞳に映しながら、ルルーシュは隣にいる彼のこと考えていた。
彼は決して出来の良い生徒ではなかった。
どうしてこんなことが解らない、と驚くことは多々あったし、彼自身もまたそのことに対し苦笑を隠しきれないようだった。
それでも全てに前向きに取り組む姿勢は好ましく、だからこそ自分はこうして貴重な放課後をほんの少しだけ彼に費やしている。
空いた時間を惜しげもなく勉学に費やす姿はとても貪欲で、まるでこれまで足りずに生きてきた時間を全力で追いかけているようだった。
脇目も振らず、一心不乱に。
どうしてそんなにも生き急ぐのだろう。
自分のことは棚に上げ、そんなことを思う。
見ているこちらが苛々するほど心根の優しい彼が、時々はっとするほど痛々しく振舞うのは。
(悪い癖だ)
胸の内で悪態をつき、ルルーシュは深くため息をついた。
「…どうしたの?」
「ん」
「ため息なんかついて。あ、もしかしてつまらない?ごめん、僕」
「気にするな。何だお前、昔はそんなこと気にする奴じゃなかったくせに」
「そう、だったかな」
「そうだよ」
む、と首を傾げる幼馴染にルルーシュはふ。と柔らかな嘲笑をまぜてやった。
「謝るな、バカ。」
そして期待したのは困ったように笑ういつも通りの情けない顔。
その顔が見れたらもう一度「バカ」と笑ってやるつもりだった。
けれど。
「……ありがとう」
彼がぽつりと呟いたことに驚く間もなく、視線を持ち上げた彼と目が合った。
翡翠色の瞳が柔らかな光を湛えているのをやけに眩しく見つめていると、噛み締めるようにスザクが言う。
「ありがとう、ルルーシュ」
酷く感情のこもった声だった。
言われた方が言葉に詰まる、そんな謝辞。
ルルーシュは口ごもりながら視線を逸らし溜息をついた。
この真っ直ぐな馬鹿正直者の前で自分の常識など通じない。
それが彼の正義とやらであり、ふとした礼節で驚かされる根っこの部分は昔と何も変わっていない。
「ねぇ、ルルーシュ」
複雑な顔を隠しもせず目を向けたルルーシュに、スザクはくるくるとペンを回しながら続ける。
「僕はこの学園に来て良かったよ」
彼はこちらの怪訝な顔など気にせず、陽だまりのような温かさで、あの頃とっておきの宝物を見せるように柔らかく微笑んだ。
「きみに会えた。それが本当に嬉しいんだ」
そうして誇らしげな表情を浮かべる彼に、言葉を失ってしまった自分が悔しかった。
出会えて良かった。
きっと、あの頃の自分であれば飾らず口に出来たのに。
「…バカが」
「バカ、でいいよ。本当のことだ」
「いいから、解ったから、もうお前はさっさと問題を解け。」
「そんなに照れなくてもいいのに」
「照れてない!」
「はいはい。そうだね、暗くなる前にきみが帰らないとナナリーが心配する」
そう言って彼はとても満足そうに頷くと、やりかけの問題に目線を落とした。
何だか負けたような気分で頬杖をついたルルーシュは彼のノートを覗き込むフリで肩を寄せる。
「…なら、こういうのはどうだ?」
「え?」
「お前がうちに来ればいい。ナナリーも喜ぶし、おまけにお前の予習も出来る」
一石二鳥だろ?
ふいを突かれた彼が顔を上げたときの驚いた表情といったら。
声を殺して笑い始めたルルーシュにスザクは苦笑いを浮かべ、それでも誘いを断ることはしなかった。
「ありがとう、ルルーシュ」
「それはもう聞いた。行くぞ、スザク」
同じテンポで笑い合い、同じ道を歩いて同じ場所に帰っていく。
それはとても満ち足りた世界だった。
未来さえも忘れていられたあの夏のように。
傍にいる人たちだけを愛していればそれが正しく幸せだった。
ほんの瞬きのモラトリアム。
例えいつか「出会わなければ良かった」と思う日が来るとしても。
今このときだけは嘘じゃない。
それだけが、ルルーシュの救いだった。
それぞれが選んだ決別の未来。
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2008.09.15
ちょっとだけ改訂。
この先背中を預けることはあっても、心まではもう預けられない予感がしている。
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