「開けてみて」


手渡されたのは手のひらには少し収まりきらない大きめの箱で。
ユーリは首を傾げるコンラッドを期待のこもった眼差しで見つめている。











ささやかながらリボンのかけられたそれは明らかに贈り物だ。
コンラッドは戸惑いながらユーリを見返す。



「開けて良いんですか?」

「うん。コンラッドにあげるヤツだから」

「どうして。今日はあなたの誕生日でしょう?」



7月29日。
本来なら今日開かれる筈だった晩餐会は当のユーリの意向で明日に持ち越しになった。
珍しいその要望は皆の疑問を呼びながらも聞き入れられたが、その理由は結局明かされず。
コンラッド自身は本来ならば今頃ギュンター達と一緒に明日に備え、企画の最終打ち合わせをしている筈だったのだが。



「これを下さるために俺を呼んだんですか」

「うん。ごめんなー我侭言った上に呼び出したりして」

「それは構いませんが・・・」



自分はいつの間に誕生日の意味を履き違えていたのだろうか。
首を傾げるコンラッドに、ユーリは笑いながら首を横に振った。



「合ってるよ、誕生日は『生まれてきておめでとう』の日。だから俺が祝ってもらえる日」

「ならどうして、」

「いいんだよ。俺がそれをあんたにあげる理由もちゃんとあるんだから」



だから早く。

急かすユーリに、とうとう箱を開けてみることにする。
何だかお株を奪われてしまった気分だ。
コンラッドは気付かれぬよう苦笑を噛み殺し、簡易な包装を剥がした。
何だかとても懐かしい気分だと思う。
こんな風に、予想のつかない贈り物をされるのは随分と久し振りだ。

箱を開けると、中に入っていたのは真新しい硬球だった。
恐らく向こうで買ってきたであろうそれはやけに計画的に思える。
驚きを隠さずに顔を上げると、得意げな顔のユーリが笑った。



「これを俺に?」

「そう。あんたにあげる」



贈り物の意味を未だ把握しきれないコンラッドは、どこか遠慮が先行して中身を取り出すことが出来ない。
戸惑いを察知したユーリは困ったように肩を竦めると、溜息をついて壁に凭れて空を見上げた。
どう言おうか。
考える素振りに気付いたコンラッドはつられて空を見上げる。
見上げた空は夕闇。
視線の先では一番星が光っていた。



「『おめでとう』って言われて、『ありがとう』って返すだろ?」



視線を戻すと、ユーリも同じようにコンラッドを見返していた。
どこか難しい顔をしながら、ユーリは言うべき言葉を手探りで探しているように見えた。
拙い言葉はけれど真理だと知っている。
コンラッドは頷き、先を促した。



「『生まれて来て、おめでとう』・・・あんたには、言われる前にこれ渡したかったんだ」



そう言ってボールを指したユーリは黙ったままのコンラッドに再度肩を竦めて見せた。



「まぁ、結局は俺のためでもあるんだけどさ」

「俺にこれを下さる理由を聞いても良いですか?」

「・・・だって今日、俺の誕生日なんだよ」



訊くと、ユーリは少しだけはにかんだように笑った。
それが理由?と尋ねると、そう。と頷き笑顔が深くなる。
解らない。
困ったように眉を寄せるコンラッドを見て、ユーリはどこか楽しそうに見える。



「これはさ、お礼なんだよ。コンラッド」

「お礼?」

「そう。・・・本当は、向こうに運んでくれたこともお礼、言わなくちゃいけないんだろうけど」



ユーリは頬を掻いて視線を下げた。



「そういうの実感とかないし、だからさ、とりあえずって感じで悪いんだけど」



言葉を濁すユーリに、手の中の箱から真っ白なボールを取り出す。
真新しいそれは、不思議と手に馴染む感触だった。
どことなく感じた既視感に瞬間、眩暈がしそうになる。

あぁ、そうか。
あの日を思い出す。
あの夏の暑い、完璧な球体であった真っ白な魂に新しい命が宿った日。



「今日は俺の誕生日で、『名付け親の日』って決めたんだ」



そうだ。
『ユーリ』が、生まれた日だ。


もしかしたらそれは、言葉の意味を理解するよりも早かったかも知れない。
コンラッドは衝動を抑えられずに長い腕を伸ばした。
瞬間、ユーリの「こうなると思った」という顔に切ないほど胸が苦しくなる。
けれど、堪え切れなかった。
何かもを赦すような、そんな「仕方ない」顔で微笑われたら、衝動は抑えられない。
空の箱がコトリと落ちる音が聞こえた。
けれどそんなことには構っていられなかった。
右手にはしっかりボールを握ったまま、その背中をきつく抱き締める。
腕の中で苦しそうな息が吐き出されたのに気付いて身体をほんの少しだけ離すが、腕を解くことは出来そうにない。
見上げてくる目にコンラッドは酷く曖昧な笑顔で応えてから目を閉じた。
吐き出す溜息がやけに熱く感じる。
その一瞬の沈黙に、コンラッドが言うべき言葉を見つけるよりもユーリが不意に笑い出す方が早かった。



「喜んでくれたと思っていいのかな、これは」

「・・・嬉しいですよ。きっと、このボールを見るたびにあなたを思い出してしまう」



晴れた空を見上げればキャッチボールが出来たら良いのにと思う。
木漏れ日を揺らす風が吹けば昼寝日和だと思う。
水面に夜露が落ちればすぐにでも彼が現れるのではないかと思う。

そんな風に、いつだってあなたのことを考えているというのに。



(折角の誕生日なのに)



傍でこうして笑えること、生きていること。
いつも夢のように思っている。
そうして貰った喜びを、少しでも返せたらいいと思うけど。
どうすれば喜んでくれるかな。
してあげたいことなら沢山思いつくのに、それだけでは少し足りない。

出来るなら喜ばせたいし、笑顔が見たいと思う。
だけどそんなのは今日という日に限らないから。
結局、平凡なことしかしてあげられないかも知れない。
今、この手に何が出来るかな。
こんな特別な日に、あなたに何をしてあげられるだろう。
あの日からずっと、考えているけれど。

だけど、こんなのは違うね。



「何言ってんだよ、名付け親」



目を開くと、見上げてくる笑顔と視線がぶつかる。
口元が何か楽しいことを言う前のように綻んでいる。
そうして心臓に悪いような悪戯な目で、彼は。



「俺は、名前を呼ばれるたびにあんたのこと思い出すよ」



自分だけがこんなにも幸せで。
返す術がもう思いつかないんだ。


息を呑みながら、それでも何とか笑い返す。
有難うと、一体どれだけ繰り返せばこの思いに報いることが出来るのだろう。
古いサイン入りのボールと新しいものを並べたら、きっと彼を思い出す。
それは、今まで独り善がりに思っていたのとは少し違う。



「生まれてくれて有難う、―――ユーリ」



抱き締めるとあの頃と変わらない、ただ会うたびに強くなる気持ちがある。



「・・・こちらこそ?」



照れたように声を潜めるユーリに、額をつけて笑い合う。



「何だか先を越されてしまったようだけど、俺からのプレゼントはまた明日かな」

「つっても、俺色んなもん貰っちゃってるからなぁ」

「ヴォルフなんかは相当気合の入ったものをくれると思いますよ?」

「・・・普通が一番だよな、普通が」



苦笑しながらも満更でない笑みを零すユーリが微笑ましく、目を細める。
こんなにも近くにある贅沢な幸せを抱きながら、コンラッドは思った。




次に彼を思い出すときはきっと。

彼と一緒に笑っている自分の姿も、一緒だ。



















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2005.07.29
happy birthday!yu-ri.


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