幸せな夢を見ているんだと、何処か他人事のように考えていた。






「目が覚めましたか?」


覚醒直後の脳はそう機敏には動かない。
近付いて覗き込んでくる優しげな薄茶の瞳をぼんやりと見つめながら、覚束ない手をそっと伸ばしてみる。
大きな手がその意図を察して、腕を伸ばしきる前に指先が掬われる。
取られた手を軽く引いて距離を縮めると、そのまま祈るように手を額の前で握った。


(・・・コンラッド、だ)


そうして目を閉じてしまえば、彼の手の温もり以外は何もなくなるような気がした。
今このときは、確かにそれ以外のものは必要ないとさえ思いながら。


「怖い夢でも見たんですか」


耳に馴染んだ、いつもの声が尋ねる。
ユーリは目を閉じたまま、必要もないのに小さな声で「あんたが出てきた気がするよ」と笑った。
すると、同じように笑いの気配のする息を漏らしたコンラッドが「それは光栄ですね」と耳元で囁いた。
落とされた短い言葉、それだけで何だか涙が出そうだと思う。
繋いだ指先に意識が集中して、酷く熱い。


「皆もいてさ、・・・よく覚えてないけど、凄く楽しかった気がする」

「また、夢の続きでも見るつもりですか?」


閉じたままの瞼にもう片方の指がくすぐるように掠めて離れた。


「ユーリ」


目を開けて、と耳元で優しく促す声がする。
それは、いつまでも聞いていたいような甘く低い声だった。
まるで夢の中にいるような。


「・・・ゃだ」

「ユーリ?」


吐息のような声を、コンラッドは決して聞き落とさない。
誰に言うでもない小さな小さな呟きでさえ、彼はいつも拾って応えてくれる。
ユーリは少しだけ目に力を入れて俯き、呟いた。


だって、目を開けたら夢から覚めそうな気がするから。


きゅ、と繋いだ指を絡めると、長い指が不器用にそれに応えようと動くのが解った。
そんな仕草にもう、閉じた瞼の裏で熱く込み上げてくる涙が堪えられない。
困っているような怒っているような、脳裏に浮かんだ表情はだけど本当は悲しんでいるんだと知ってる。
その傷口に触れているのは、自分の指だということも。


「・・・ごめん」

「謝るなら俺の方です」


硬い声が言って、手のひらが両手で包まれる。


「夢じゃない。俺はもう、あなたの傍から離れたりしません」


信じてるよ。
そう言おうとして、目尻から耐え切れず零れた涙に言葉を飲み込む。
数日前まで、彼がいるのは夢の中だけだった。
目を覚ませば彼のいない現実。
それは、本当にたった数日前までのことなのだ。
慣れた声、笑顔、その全てがふいに身体を竦ませるのは、未だ、痛みを忘れられていないからだ。

何処を探しても、どれだけ声を枯らしても、姿の見えない痛みに今も怯えているからだ。


「・・・だから、目を開けて下さい。ユーリ」


胸の詰ったような声に、ユーリはようやく目を開けた。
痛みを耐えるようなコンラッドの目と目が合えば、もう考えるよりも先に身体は動いた。
何度か瞬きをして涙を散らし、手を解いて寝転がったまま両腕を思い切り伸ばす。
手加減のない腕は、多分お互い同じだった。
涙を全力で我慢する代わりに、かじりつくように首に腕を回す。
息が詰るほど背中を抱いた腕は、流石に一瞬だったけれど。


(これでやっと、言える)


懐かしい匂いと腕の中で、ずっと言えなかった言葉が燻り続けているんだ。


「コンラッド、」

「・・・はい」






おかえり、俺たちの国へ。















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2005.04.11
強く強く確かめさせて、眩暈がするほどの幸福。


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