自分は果たしてやり遂げることが出来たのだろうか。
そんな小さな棘が、未だこの胸に残っている。






「コンラッド!」


呼ぶ声に、反射的に振り返る。
視線の先ではユーリが頬杖をついて焦れた表情で此方を見ていた。
どうやら、名前を呼ばれたのは今が初めてではないらしい。


「すいません、」


口を滑らせかけ、そこで一旦言葉を切った。
握った手を口元にやってから、未だ少し久し振りに思える名前を呼んだ。


「ユーリ」


目の前の満足そうに笑う顔に、つられて思わず笑みが浮かぶ。
たったこれだけのやりとりで、不思議と安らぐ気持ちが可笑しかった。
彼の声さえ気付かないようなそんな遠い場所にあった思考があっという間に此処に戻ってくる感覚は、我ながら単純だと思うけれど。


「またボーっとしてたな」

「すいません」

「眉間に皺寄せちゃってさ、まだ何か隠してんの?コンラッド」


苦笑いの裏側に、未だ完全には癒えない傷が見える。
不安と疑心と、それから。


「隠し事は、もうないですよ。あなたを傷付けるようなことももう二度とない」

「うーん・・・そうじゃなくてさ、」


そう言って、ユーリはコンラッドを手招く。
不思議に思いながら近付くと、ユーリは椅子ごとコンラッドの方を向いてその手を取った。
傷の増えた手を一瞥して、それからあの懐かしい距離感でもってコンラッドを見上げる。
あの頃、こんなにも近かっただろうか、とコンラッドは少し作りきれなかった笑顔で笑う。
そこまで長い間離れていたわけではないのに、何故だか全ての距離感が狂っているようで。
今の自分には、全てが眩しく映る。


「俺が言いたいのは、違うんだよ。コンラッド」


今は馴染んだ左手に触れ、ユーリは言葉を探すように一瞬だけ沈黙した。
唇を何度か開いては閉じ、それから僅かに目線を下げた。
綺麗な所作だと思う。
思いを伝えようとするときの、そんな仕草がとても。
コンラッドは取られた手を握り返すことで邪魔をしないよう、ただユーリを見つめた。
それからまるで自分を奮い立たせるように頷いたユーリが顔を上げる。
合わせられた目に微笑みかけると、ユーリも同じように微笑んで今度こそ口を開いた。


「俺は、知ってたいんだ。コンラッドが考えてること」


多分、全部。
ユーリはそう言ってコンラッドの手を両手で握り締めた。


「沢山、俺はあんたのこと傷付けたから・・・だから、全部知っておきたい」



――――知らない場所で、勿論、知っている場所だって嫌だけど。

――――傷付いて欲しくないんだよ、コンラッド。あんたには、もうこれ以上。

――――傍にいないっていう理由だけで声も手も届かないなんてのは、もう嫌だよ。

――――せめて知ってたら、少しは、何か出来たかも知れないのに。

――――そりゃ勿論傍にいたって何も出来ない可能性のが高かったりするけど!

――――・・・でも、それでもさ。



「ひとりよりはマシだって、それくらい、思わせてくれたっていいだろ」



僅かに赤くなった耳と頬を見下ろしながら、コンラッドは息をするのも忘れていた。
拙い言葉、だけどそれらは酷く胸に残る言葉ばかりで。
心臓を掴まれる、とはこういうことを言うのかとぼんやり考える。
たった16年の人生で、こんな言葉が生まれるものだろうか。
彼は特別だ。
昔、自分が口にした言葉が蘇った。


「・・・ありがとう」


震えずに声が出せたことは奇跡のように思えた。
けれど、胸の内、全てを言葉で伝えられることは到底不可能だろう。
それほど、彼への思いは複雑で多様な色を湛えていたから。


「こんなとき、他にどう言えば良いのか解らない」

「・・・簡単だよ。思ったことを口にするだけ。あんたも出来たはずだろ?」


目の縁だけを赤く染めたまま、ユーリはにっと笑った。
それを見て、太陽みたいな笑顔だと思う。

あぁそうか、それはとても簡単なことだったんだ。


「・・・・・・好きだよ、ユーリ」


ぎょっと見開かれた目に思わず吹き出しそうになりながら、それでもコンラッドは言葉を紡ぐのを止められなかった。
傍で、思ったことを全部言えと言ったのは彼だ。
例えやり残したことがあったとしても、これではもう彼の元を離れたり出来ない。
眞王の命令さえ、きっとすぐには頷けないだろう。
ユーリの言葉、それだけが、間違いなく今の自分の全てだった。



「いつも俺を導いてくれるあなたの全てを、愛してるし、感謝しています。―――永遠に、誓うよ」



そう、それだけは一度だって違えたことはなかった。


あのとき誓った思いには、どんなに小さな嘘もつきたくなかったんだ。















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2005.04.16
好きだと言わない代わりに、その反対も言えなかった。一度だって。


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