「ユーリ、お腹空いてませんか?」
にこり、と微笑むその顔さえ、今はやけに腹立たしい。
1 とてもナイーブないきものです
「・・・空いてません」
「朝も昼もあんまり食べてないじゃないですか」
「食ってるよ」
「そんなに酷いんですか?つわり」
「・・・別に」
ごろりと寝転んだ寝台の柔らかさに一瞬だけ目を細め、ユーリはコンラッドの視線から逃れるようにうつぶせになる。
背中で困ったように息をつく気配を感じると少なからず罪悪感も芽生えるのだが、それ以上にユーリ自身は疲れきっていた。
この眞魔国にやってきてから、本当に色んなことがあった。
自分には魔力があって、王様で、魔術が使えて。
それこそ常識では有得ないことや、信じられないことが殆どで、今までこんな風に疲れなかったことがおかしいのだと、今更ながらに思う。
溜息はつきないけれど、それで幸せが逃げてしまっても怖いので最小限に留める。
それでも、無意識に零れてしまうほどにユーリは疲れていた。
妙に圧迫感のある腹部に意識を取られたとき、だらりと力を抜いた腕がベットの端から落ちた。
大きな溜息を吐き出しながら身体を仰向けにするべく腕を持ち上げかけたとき、その手がふわりと持ち上げられて。
「苦しくありませんか?」
「・・・ちょっとね」
負担がかからないように、と持ち上げられた腕をそのままに上半身を起こす。
余計な力を入れなくても力強い腕が楽な姿勢に体勢を整えてくれる。
介助し慣れてんなぁ、とどこか見当違いの感想を抱きながら、ユーリは極近くなったコンラッドの顔を見上げた。
どんな賛辞の言葉を言えば良いのか解らないくらい整った顔が、ユーリを見て柔らかく笑む。
ふいにこみ上げた感情のままに、ユーリは正座を少し崩すと正面に回りこんでいたコンラッドの胸に緩く倒れこんだ。
「・・・ユーリ?」
耳元で甘い、少しだけ笑いを含んだ声が名前を呼ぶ。
何もかも解ってるみたいなそんな声で。
「・・・少し、疲れた、かも」
赤ん坊がいやいやをするように鼻先を擦りつけるユーリに、コンラッドはもう笑わなかった。
頷く気配がして、大きな手のひらが宥めるように背中を撫でていく。
目を閉じると、コンラッドの体温しか感じない。
ユーリは熱を知らず熱を帯びた息を吐き出して、その背中に腕を回した。
「マタニティブルー、ってやつかな」
「なに、それ」
「一般的には産後になるものらしいけど・・・急なことだし、少し情緒不安定になってるのかも」
「・・・かなぁ」
「ユーリ、もう寝ちゃいますか?」
「・・・うん」
頬に触れた手の暖かさに、落ちかけた瞼が音を上げる。
胸に渦巻いていた不安や苛立ちが、今はもうただ暖かな体温に溶けてしまったかのようで。
「・・・コンラッド、」
「はい?」
耳元にキスを落とすように囁いた言葉は、果たして彼の耳に届いただろうか。
「可愛い、なんて言ったらまた怒られてしまうかな」
寝息をたてる唇にそっと触れてから常よりも慎重にユーリを抱き上げる。
まさかこんな早い時期に子供が出来てしまうなんて計算外だったけれど。
少し意地の悪い笑みを零してコンラッドは思った。
「まぁ、子供が出来るまでの過程は何事も相互協力が必要だと言うし。・・・今夜みたいな日は、傍にいますから」
未だ子供のような寝顔に口付けて、コンラッドは先ほどのユーリと同じ言葉を囁いた。
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2005.02.14
まだ余裕のあるコンパパ。
最初はとりあえずこんなもんで。
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