ぐでん、とだらしなく伸ばした両腕を勢い良く下ろす。
ぼふんと派手な音を立てて柔らかな布団に吸収された衝撃は、まるで甘く肩透かしを喰らったようで。

何故だか、彼を思い出した。





3 ストレスをあたえてはいけません





「ユーリっ、あんまり風に当たるなと言っているだろうが!」

「はいはい、解ってますよ」



反抗的に返事を返して、ユーリはふて腐れたようにから離れて執務机に腰かけた。
窓の向こうにはすっかり春めいた景色が広がっているのに、ここ数日、ユーリはと言えばヴォルフやギュンターの反対に逆らえず、陽の光の下に出ることも許されずにいた。
いくら何でも過保護すぎやしないか、と言いたくても一旦外に出てしまえばあっさり過度の運動をしかねない自分のことはよく解っているので、何も言い返せず。
頼みの綱のコンラッドは、解っているのかいないのか、いつも笑顔でたった一言こう言っただけ。


『まぁ、お腹の子が吃驚してもいけませんしね』


だからって、これでは軟禁も同然なのではないだろうか。



「ランニングくらいなら平気だって〜・・・」

「ユーリ!お前はこんなときでも大人しくしていられないのか?!」


思わず零れた不平は、ヴォルフの怒声に呆気なく呑まれてしまった。
ソプラノを思わせる甲高い声がピリピリと神経に障る。
こんな些細なことにも苛立ちが募る自分はそろそろヤバイ、と自覚だけはある。
けれど、解消の方法が解らずにユーリは目を閉じてもう今日一日で何度ついたか解らない溜息を零した。



「はいはい、そこまでだ。ヴォルフ」

「コンラッド!お前からも言ってやれ!」



顔を傾けると、いつの間に入ってきたのかコンラッドがヴォルフに猛然と食ってかかられているところだった。
コンラッドはまるで堪える様子もなく、慣れた調子でヴォルフをいなしている。

その顔を見ていると、また胸の中に重い塊が巣食うのを感じる。
要因はきっと思うよりも色んな場所に散らばっていて、その全てを把握することは出来ないけれど、とにかく今の自分はまるでハリネズミのようだとユーリは思い、耳を塞いだ。


少しの間そうやって机に伏していると、パタンと扉の閉まる音がして、急に部屋がシンと静まった。
そっと耳を塞いだ手を外すと、ふっと目の前に影が落ちて手を取られる。
見上げると、コンラッドが苦笑いをしてそっとユーリの手を掴んでいた。



「相当、溜まってるみたいですね」

「・・・うん」



いつになくぐったりとしたユーリに、コンラッドはその手を離し、机を挟んで身を乗り出すと労わるような手つきでユーリの前髪を掻き分けた。
真っ直ぐ伸びた前髪を指で更に伸ばすようにしてから、軽く額を撫でるように触れて離れてを繰り返す指先を視線で追う。
そうして近付いてきた指先に頬を寄せると、途端に悪戯っぽく笑む口元がやたらと悔しい。
温もりを伝えるようなその仕草だけで、不思議とささくれ立った気持ちが撫でつけれらるように大人しくなってしまうことを、彼はまるで解ってしているようだと思う。

よくよく考えると、全てが計算済みのように思えてくるので深くは考えないけれど。



「・・・確かに過度の運動は禁物にしてもさ、こんなんじゃかえってストレス溜まるよ」

「確かに。でも、万が一ってこともありますから」

「・・・最近、意地悪だよなコンラッド」

「俺が?まさか」



こんなに優しくしているつもりなのに、未だ足りない?

くすくすと、コンラッドはユーリの耳元に唇を寄せて囁いた。
細められた薄茶の瞳が至近距離で笑う。
ユーリは不覚にも鼓動が速まるのを感じ、ぱっと目を逸らした。



「だって、子供が出来たーってときはあんな情けなく喜んでたのに、今は何かひとり余裕っぽいし・・・」

「あぁ、それでふて腐れたんですか」

「そうじゃないけど」

「実際はまだかなり喜んでいるんですけどね。でも、ユーリを不安にさせたくないから」



きょとん、とユーリが思わずコンラッドに視線を合わせると、コンラッドは少しはにかむように笑って、机の横に回りこみ徐にその場に跪いた。
そして、壊れ物を扱うようにユーリの手を取って、伏し目がちにその手に口付けた。



「しっかりしてないと、駄目でしょう。・・・俺は”父親”なんだから」



真摯な声で手の甲に落とされた言葉は、決意を映してやけに熱っぽく耳に届いた。
思いがけない告白に、ユーリは口を開けたままコンラッドを見下ろした。
先刻までの苛立ちは何処へやら、恥ずかしいやら嬉しいやら、何だか一言では言い表せない気持ちが胸いっぱいに込み上げてきて。



「あー・・・もう、」



色んな思いを抱えているのは自分だけじゃなくて。
本当に沢山の人に、自分は気にかけてもらっているのだということをようやく理解した。

理解さえすれば、ちゃんと優しい気持ちでいられるんだ。



「いーよ、あんたは少しくらい壊れてたって。でないと、何か俺寿命縮まりそうだし」

「あぁ、それは大変だ」



ようやく笑い返したユーリに、コンラッドは再度その手に唇を寄せ、微笑んだ。

















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2005.03.31
またしても余裕なコンパパ。
このままの路線で果たしていくかどうか。


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