吐き気が止まらなくて、部屋に籠る時間が増えた。
食べる量と同じかそれ以上かもな、と。

思わず軽口を叩いた瞬間、コンラッドの表情が一変した。







05 ぐあいがわるいことをいっしょうけんめいかくします







「・・・あの、コンラッドさん?」



ほんの数秒前までは確かにティーカップを片手に談笑していた筈だったのに。
いきなり抱きかかえられてベッドに押し込まれるまでの時間は着実に最短化されてきてるな、とユーリはコンラッドを見上げた。
見つめる表情は切羽詰ったように眉が寄ってしまっている。
あぁ、失言だったかな。
ユーリは苦く笑って頬をかく。



「大丈夫だよーコンラッド」

「でもユーリ、」

「あれだけ医学書読んでたのに駄目な新米パパだなー。眠気・吐き気は普通の症状じゃんか」



腕を組んで溜息をついている合間にもコンラッドは忙しなく水の張った桶や濡れタオル、薬などを運んでいる。
まるで働くアリのようだ、などと酷い感想を抱いてユーリは咳払いをひとつ、ベット脇にコンラッドを座らせることに成功する。



「あのなコンラッ、」



言葉を遮るように、前髪を掻き分け熱をみる手。
いつもより少しだけ冷たい手は、言葉を失わせるには充分だった。
覗き込む真摯な表情は確かに好きなもののひとつではあったけれど。



「・・・コンラッドの所為じゃないんだから、そんなカオすんなって」



まるで置いてきぼりをくらった子供のような目だと思う。
上半身を起こして腕を伸ばしてやると、遠慮がちに長い腕がユーリを抱いた。
まるで乾ききった花を抱くような仕草で、コンラッドは。



「俺が、いけないんです」



強く閉じられた瞼を見上げ、そっと指先を這わせながらユーリは溜息を漏らす。

生まれてくる子供とその父親。
果たしてどっちが手がかかるだろうかと考え、ユーリは酷く複雑な思いだった。
勿論、元気でありさえすれば多少腹が黒かろうが頭が弱かろうが構わない。
けれど、手を伸ばしておきながら肝心なところで手を引っ込めるようなそんな臆病さだけは似ないで欲しい。
それだけは、切に願い続けているのだけれど。



「コンラッド」

「・・・はい」

「あんたに壊れ物みたく触られんのも、俺的にはちょっとツラいよ」



抱き締める腕が緩いとかえって不安になる。
壊れることより、不安になってしまうことの方が、怖い。



「生まれてくる子も、そんな風に抱くつもりなのかよ」



最後は少しトーンの下がってしまった声に、コンラッドは間を置いて何度も頷き、「すいません」と小さく呟いた。







とりあえずベッドから出て、冷めてしまった紅茶を淹れ直すコンラッドを見ながらユーリは尋ねた。



「そういやさ、何であんなこと思ったんだ?」

「あんなこと?」

「俺がいけない、ってさ」



ティーポットを傾けながら、コンラッドは「あぁ、」と微苦笑を漏らした。



「少し、考えるところがあって」

「思わせぶりだなぁ・・・何?」



カチャリと音を立ててティーカップが持ち上げられる。
しらばっくれるつもりかと思えば表情を見る限り、そうでもないらしい。
コンラッドは半分だけ紅茶を注ぎ、それからユーリの前に戻した。
砂糖は控えめ、ミルクは多め。
いつもの香りがしてきたところでユーリはコンラッドを見上げた。



「あんまり大きな声では言えませんけど」

「うん」

「一度抱いてしまうと自制が利かなくなるんです」

「・・・うん?」

「無理をさせた自覚があったから心配で。だから、あまり触れないようにしてたんですけど」



言葉を切ったコンラッドは含みのある顔で笑う。
ぞく、と身に覚えのあるものが背筋を走り、ユーリは徐に席を立った。



「・・・俺、何か吐きそうだからちょっとトイレに」

「ユーリ」



逃げようとした腕を机越しに掴まれて冷や汗が流れる。
ぎこちなく振り返ると、笑顔を絶やさないコンラッド。
逃げ場を残した緩い力は、それでも先刻よりずっと気持ちが籠っているように感じた。



「お許しが出たなら、もう我慢しませんよ?」



そう、悪戯に手首を撫でる指にビクリと身体が震える。
ユーリは舌打ちを飲み込んで肩を落とした。
その手が本気ではないことくらい、解っていたけど。



(前言撤回。頭は弱くても良いから腹黒さだけは似ないでくれ・・・!)



ユーリはこの国で初めて眞王に心から祈った。

















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2005.06.14
壊れ路線を間違えた気がします。


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