いのるよりもつよく、まるでそれはのろいのような。








は、と吐き出した息が白く凍る。
頬から耳にかけて寒さで強張った皮膚が冷たいのか痛いのかもうわからない。
どれだけそうしていたのか。
星の見えない真っ暗な空を、ただ待ち侘びながら見上げている。
遠く見えない上空は重たい雲に覆われているはずで。
だから、きっとあと少し。
そう思いながら。


「陛下」


背中に声がかかる。
それまで黙って傍にいた彼が、躊躇いがちに口を開いた。


「もう戻りましょう。このままでは風邪を、」

「いやだ。あと少しだけ」


振り返らないままで即答する。
湧き上がる子供じみた苛立ちを抑えきれずに、ユーリは乾いた目で瞬きをした。
だってあと少しなんだ。
力を入れたくちびるがかさついて、きしりと音を立てる。
背中を見守る彼に、こんな表情は見せたくないと思う。
今はこの身体のどこにも温もりなど残っていないから。
こんなに冷たい手のひらでは誰かの体温を奪うばかりだから。
だから。


「いいよ、あんたは先戻っててくれて」


言ってしまってから、ああ失敗したと思う。
彼がそんなこと出来ないと知っているのに。
そんなつもりもないのに墓穴を掘ってしまったようで、大きな溜息をつく。
吐き出した後悔は真っ白な塊になって空へと消える。
ああ、また失敗した。

すると、背中で微かに笑う気配がした。
む、とするよりも先に彼が長い脚を踏み出して隣に並ぶ。
同じように真っ白な息を吐き出して。
温かいまなざしが冷たい頬を少しだけあたためる。
残念だけど、と彼が前置きして口を開いた。


「今夜は、まだ降らないんじゃないかな」


思いがけない楽しげな声が、一瞬の思考を奪う。
観念して振り向いた先で、得意げに笑う目が少し憎らしい。


「・・・なんで?」

「わかりますよ。珍しいわがままなんて言うから」


そうしてすくい上げられた手のひらにそっと温かい息がかかる。
冷たい、と当たり前のことを言って彼が苦笑いをする。


「一晩中ここで待っているわけにもいかないし。戻りませんか?」


ね、とまるで小さな子供をあやすように彼が微笑むから。
うなずく代わりに温かい指を握り返して俯いた。
それはやっぱり彼の体温を奪うばかりだったけれど。


「明日、また一緒に来ましょうね」


今、このときだけ。
ごめん、と呟いた。
彼の目を見れないままで繋いだ手を握り締めた。
手のひらに落ちた雪がとけるように、じわりと染み出す熱。

この手を、どうしても離したくないと思った。







もう離れないと誓った彼のために願ったことがあった。
かみさまに一番星に。
それでも足りずに、初めて落ちてきたひとひらの雪にさえ縋りたかった願い。
言葉にしたらきっと彼は困って笑うだろうから、決して決して口はしないけれど。
彼からたくさんのものを奪うばかりのこの手が、いつかそれ以上のものをあげられるようになりたかった。
もう二度と離れる理由なんて作れないように。
もう二度と、この手が何かを失わないように。



それはまるで、のろいのような。
















「ひとひらに、祈りを。」

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2006.12.31
それはまだ、ただ笑えばいいなんて、忘れてた頃の話。



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