記憶の限りで彼の人を思う。
日に日に薄れていく面影に追い縋りながら彼の欠片をひとつひとつ丁寧に拾い集める作業は慣れてしまえばそう苦しいものでもない。
ただ、徐々に回想に費やす時間が増えていって、そうしていつか、完成された記憶のパズルからあの笑顔が消えていく。
それが、あの頃何よりも恐れていた忘却というものなのだろう。
「無様だね、ウェラー卿」
楽しげに、謡うような声でサラレギーは微笑った。
ゆったりと長椅子に腰かけた表情は穏やかで、とても先刻の台詞が彼の口から出たものとは俄かに信じられない。
コンラッドは頭の中でその言葉を復唱してから、彼に視線を戻す。
恐らくはユーリを注視していた自分を見ての言葉なのだろう。
口元は優雅に笑んでいるのに、よく見ると瞳は欠片も笑っていない。
むしろ、冷たく監視するように光っている。
「あなたたちの間に何があったかは知らないけれど、そんなにユーリが気になるのなら 跪いて許しを乞うてくれば良いじゃないか。優しい彼のことだもの、きっとあなたの望みを叶えてくれるよ」
容赦のない嘲りを含んだ言葉に、コンラッドは同じ種類の笑みを浮かべ緩く首を振った。
「他に気を取られていたことがお気に障ったのなら申し訳ありません。サラレギー陛下」
「別に構わないよ?あなたが優秀な盾であることに何も変わりはないからね」
少女のような無垢な表情でさらりとそう返す幼い王に、僅かながら同情を抱く。
全ては受けてきた愛情という名の教育が物を言うのだと理解しながら、それでも彼とのあまりの相違を比べずには
いられなかった。
他人が傷付くことを自分の痛みのように思う王など、彼くらいのものだろうと思いながら。
そうして浮かんだ笑みに、サラレギーは一瞬不快そうに眉を寄せた。
「・・・それにしても、可笑しな王だ」
目を向けた先では屈託なくヨザックと笑い合っているユーリの姿がある。
出逢った頃より少しだけ大人びたように感じる横顔に、記憶が軋んだ音を立てた。
「何もかもが彼には足りない。威厳も知識も、そう、危機感さえもね。 魔族は自分たちの長をどうやって選んでいるのかな」
理解出来ないと言うように肩を竦めたサラレギーは立ち上がり、コンラッドを見上げて今度こそ微笑みを浮かべた。
「だけど、彼が足りないのは周りの責任かな? 見たところ、あなたはどうも過保護すぎるようだけど」
表情を変えないコンラッドに気を良くしたのか、サラレギーは薄蒼い瞳を満足げに細めた。
「せいぜい、水をやりすぎて花を枯らさないようにね。ウェラー卿」
「・・・ご忠告、有難うございます。サラレギー陛下」
頭を垂れると、ふわりと布が肩口で揺れる。
コンラッドが顔を上げると、耳打ちをするような至近距離でサラレギーが囁いた。
「あなたの取り澄ましたような顔は大嫌いなんだけど、」
だけど、と白い細い手が頬に触れた。
「ユーリを見ているときの、あなたの顔は好きだよ」
彼がいなくなったら生きていけない。
そんな目を、してる。
くすくすと笑い声が通り過ぎ、あまりに低い体温が腕の中から消える。
背中の方で軽快な笑い声が高くなり、サラレギーが会話に入ったことを知る。
そしてようやく、コンラッドの口元に苦笑が浮かんだ。
「――――参ったな」
本人が未だ知らないその事実を、同じく若すぎる王が気付いているなんて。
笑い出したい衝動の中で、それでも未だ冷たい覚悟がこの胸にあることをしっかりと自覚する。
同時に、未だ眠ったままの過去の傷がじり、と疼くのを感じた。
その通りだ。
彼をなくしたら、自分は今度こそ生きるのを止めるだろう。
逆に言えば、彼が生きているならもうそれで構わないんだ。
いつか、触れることさえ叶わなくなるような、そんな永遠の距離に阻まれるときが来るだろう。
けれど、それは怖くない。
もう、目を閉じさえすれば思い出せる。
笑顔も涙も、生きる力なら既にこの手にもらった。
それが彼に必要なことなら、全て受け入れる覚悟はとうに出来ている。
あの日、初めて小さな手に触れた瞬間から。
例え、記臆が擦り切れて交わした言葉や笑顔が思い出せなくなったとしても、構わない。
命の限りに輝くあの光なら、抱きしめたこの腕がきっとずっと覚えているだろう。
それだけで生きていける。
これからも、ずっと。
(・・・そのために邪魔なものは、全てこの手で薙ぎ払っていく)
眠らせた傷の痛みが、獅子を呼び起こすまで。
独り善がりな忠誠だけをこの胸に抱いて。
02.あの日から浮かぶのはいつも決まって
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2005.04.07
いつか全てが報われる日が来る。
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