悲しみを映して揺れる眼差しが今にも泣き出しそうに微笑むから。
待ち合わせの時間には少し早い。
村田は場所の選択を間違えたな、と一人ごちて足を止めた。
見知った横顔に何となく声をかけられずにいるのは、その表情があまりに思い詰めていたからで。
浸した指先が水面を揺らす、それを食い入るように見つめる瞳は酷く切迫して見える。
歯痒さに噛んだ唇が赤味を帯びているのを見て取り、村田はようやくその肩を叩くことに成功する。
「お待たせ、渋谷」
ユーリは弾かれたように顔を上げ、村田を認めると眉を下げて笑った。
少し、疲れた笑顔だった。
「行きたいかい?」
村田の問いにユーリは肩を竦めて見せると、濡れた指先を払って先を歩き出した。
行き先は特に決めていない。
ただ、気晴らしになれば良いと思った。
村田は数歩の距離を取ってその背中を追った。
この時期の夕方の風は存外に心地良い。
時計の針が刻む時よりもゆっくりと流れる時間が、まるで急いている自分達のためにあるように思えて。
大丈夫、ゆっくりでこのままもう少し。
そう囁く世界の声が届けば良いと思う。
変わらず訪れる明日の前に、少しでも穏やかな気持ちでいられるように。
自分は聖職者ではないから、全ての人に願うことは出来ないけれど。
せめて、心持ち肩を落として歩く目の前の友人ひとりのために願うことなら出来るだろうか。
村田は頬を撫でる風を指で遊ばせながら声をかけた。
「ねぇ、渋谷」
「んー?」
「いい風だねー」
「・・・そうだな」
立ち止まり茜色の空を見上げたユーリは目を細めて村田を振り返った。
キィン、とどこかでバットが硬球の芯を捕らえる音がする。
いつの間にか耳に馴染んでしまったその音が空に響き渡り、消えていく。
平和だと思う。
なんてありふれた幸福な日常だろう、と。
けれど、見返す友人の表情はやはり今にも泣き出しそうに見えて少し苦しい。
ユーリは長く息をつき、口を開いた。
「最近、思うんだ」
雲も疎らな高い空は、どうかするとあの国へ繋がっててさ。
此処よりもずっと高いあの空の下では何もなかったように皆がいて。
今度戻るときには「おかえり」って。
皆、笑って迎えてくれるんじゃないかって。
「そんな風に、戻れない時間の分だけ期待してる」
せめて、皆、笑っていてくれたらそれで良いと思うのに。
吐き出した溜息は酷く熱い。
村田は歩幅にして4歩分の距離をゆっくりと埋めながら隣に並んだ。
視線は少し先の地面を見つめたまま。
言葉を胸の中で反芻してから、声に出す。
「だけど、その期待が叶わないことをきみはちゃんと知ってる」
俯きがちに視線を落とすのを気配で察し、同じように目線を落とす。
それでも、自分達は決して空の色を見失うことはなくて。
だから歩いていける。
歩いていくしかない。
立ち止まってしまうには、早すぎるから。
けれど、だから傷付くしか道がないのだと、誰がどうして言えるだろう。
傷付かなくて済む方法を模索することは無駄だろうか?
理想を追い求めることを止めてしまえば楽にはなれるかも知れない。
けれど。
「覚悟の上での期待なら、構わないんじゃないかな」
願うことで人は強く生きていけるから。
願いを、期待を頼りに今日という日を乗り越えていけるだろう。
そうして道は出来ていく。
それは頼りなく曲がりくねった道かも知れないけど、そんなことは問題じゃない筈だろ?
「傷付いておいで、渋谷。そしてまた、此処に戻って来れば良いよ」
もしそれで願いが叶わずに心の支えを失ったとしても、僕らはきっと未だ絶望したりない。
だから、大丈夫なんだと。
一息ついて視線を向けた村田はおや、と眉を上げて苦笑いをする。
何がツボに嵌ったのやら、ユーリは腰を折って笑いを堪えていた。
徐々に頭の位置が下がって、とうとうしゃがみ込んでしまうまで至ってしまうと流石に文句のひとつも言いたくなるではないか。
「ちょっと渋谷ーそれは僕に対して失礼なんじゃないかなぁ?」
「や、悪い・・・何か、すっげーキた。」
涙目で顔を上げたユーリははぁ、と息をついて笑った。
村田はその表情を見て微笑んでみせると、視線を合わせるように自らも膝を折った。
「何か、吹っ切れた気がする」
「そう?それは良かった」
「今度は・・・戻れるかな」
不意に遠くを見つめた瞳に、そっと小さく頷いてみせる。
「・・・大丈夫。きみが、心からそれを望むのなら。」
行っておいで。
きみが愛され、愛した世界へ。
03.理由なんていりませんただ好きなんです
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2005.07.03
泣くなら怒って。怒るなら、笑って。
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