あのときの言葉を、彼は、今も信じていてくれているだろうか。








濡れた髪からボタ、と雫が落ちてコンラッドは我に返った。


「―――馬鹿らしい」


いつから、こんな風に無様な期待をしてしまうようになったのか。
コンラッドは自嘲気味に笑った。

目が合えばいつもぎこちなく揺らぐ瞳が全てを物語っているではないか、と。

憎しみこそ含まれていなかったが、彼の瞳に映る感情はそれまで一度も見たことのないものばかりだった。


「・・・思ったより、堪えるな」


体重をかけたソファがギシリと沈む。
コンラッドは彼を知らない左腕を持ち上げ、まるで忌々しいものでも見るように眉をしかめた。

あのとき、差し伸べられた手を信じられないような思いで見たことはきっと一生忘れないだろうと思う。
あの手を取っていれば少なくとも、彼はきっと自分を赦しただろうこと。
戻ってきてくれたならそれでいいよ、ときっと彼は笑ったであろうこと。
他の誰に赦されなくても、彼が、それを赦すのなら。
確かに、それを望まなかった訳ではない。
けれど、それでは何の意味もないのだ。

わざと言葉を選んで傷付けたのは、そんなことを意図していたのではない。
不安と疑心に駆られながら、それでも、彼は自分を見捨てようとはしなかった。

それではだめだ。

王は切り捨てなければならない。
今の自分は反逆者だ。
今、彼に選ばせてはならないカードは他の誰でもない、自分なのだから。


「優しすぎる王というのも問題だな・・・」


ふ、と漏れた息はそれでも嘲笑を含まない。
どうやら彼を思うときのみ、自分の思考は軟化してしまうらしい。
それはそれで問題だという自覚はあった。

しかし。
彼の慕ってくれていた「自分」を、少しでも残しておきたいと思う。

それは、やはり愚かな考えなのだろうか。


(解ってる。・・・解っては、いるんだ)


自分がこれから成さねばならないことも、その先に待ち受けるであろうことも。
未来は漠然としていても、確実に理解していることはひとつだ。


「俺は、また貴方を傷付けるんだ」


それでも、ユーリ。
今まであなたに誓ってきた言葉に嘘偽りなどひとつもない。
これからも、それだけは変わらないんだ。

コンラッドは疲れたように銀を散らした薄茶の瞳を閉じた。
信じて待っていて欲しい訳ではない。
ただ、全てが終わったときにもう一度だけ。


「・・・ユーリ、貴方に・・・」


口から漏れ出た呟きは、音になる前に途切れる。
言葉にしてしまえば苦しくなるだけの願いだ。
今更、蓋を開けることもないだろう。

コンラッドは短く息を吐き出した。
酷く熱い溜息は、今もなお胸の中で燻っている。






自分の中のたったひとつの真実。
そんなことは他の誰も知らなくて良いことだ。



そう、それは、自分だけが知っていれば、いい。















04. 誰にもいえない、こんな
ことは。そう、あなたにも



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2004.09.08
コンラッドは騎士道精神に乗っ取りすぎだと思う。


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