全てを与えられたその手で、全てが奪われていく。

なあ、信じることさえアンタは俺に残してくれないのか?








冷えた指先が細かく震えている。
情けないことに、たった今、誰かに暖めてもらえたらと、そう思わずにはいられなかった。
寒さと不安と、あまりに情けないこんな自分を、呆れながらそれでも受け入れてくれる優しい暖かい手ならいくつか知っていたから。
それは、とても幸せなことだったのだと今更ながらに思い知るのだ。
一体どれだけの手に自分は甘えていたのか。

こんな風に狭い操舵室で膝を抱えていると、まるでこの世にたったひとりのような気すらしてくるから不思議だ。
実際には、視界に入らない位置にヨザックはいるし、艦長や操縦士だっているというのに。


(ああ、裏切られるって、こーいうことなのか)


剣で切られるよりも銃で撃たれるよりも痛いと感じたはずのこの胸は、今はもう何も感じない。
ただ、可笑しいくらい他人事のように現状を見ている自分が此処にいるだけ。


(コンラッドが、俺を、)


ユーリは口元に薄く笑みを浮かべた。
先刻までの激情が嘘のようだと思う。
目の前が真っ赤に染まって、溢れそうになった感情はそれでも結局自分の中に飲み込んだ。
行き場をなくした思いを、幾度この胸に沈めれば良いのだろうと思う。
そして、一体どれだけの思いを自分は許容出来るのだろうかと。
伝えられなかった思い・言葉は、その都度ちゃんと「痛い」と感じていたはずなのに。

痛みをなくした心は、今酷く穏やかだった。


「坊っちゃん」


不意に、静かな声が耳元に落ちる。
顔を上げると、ヨザックが心配げな表情で覗き込んでいて。


「ああ・・・、寝てないよ」

「いや、坊っちゃんは少し寝た方がいい。それこそ夢も見ないくらいにね。そうすれば、」


そうすれば、これ以上酷い顔をすることもなくなるでしょう?

言われて、思わずのろのろと頬に手のひらを当てる。
冷たい手でも温度を感じられない頬は、一体どんな色をしているのだろう。
ユーリは苦く笑ってその手をそっと下ろした。


「・・・そうだな。そう、かも知れない」

「おやすみなさい、陛下。今は誰もあなたを脅かさない。・・・俺が、誓いますから」


ヨザックはそう言って少し微笑うと立ち上がって背中を向けた。

広い背中は「彼」と同じ。
肝心なときに差し伸べられる腕だとか、自分を労わるその言葉さえも。

膝を寄せ、頭を抱える。
自分の愚かな考えを振り払おうと、努力はしてみるのに。
噛み締めた唇はただキシリ、と音を立てるだけ。


(解ってる。誰も代わりになんてなれない。なのに、俺は、何で、)


どうして、ヨザックと「彼」を重ね合わせているのだろうか。
顔も声も、守り方さえ、違う。
それなのに。


(バカだ。解ってる。「疑え」、と言われたのに。どうして未だ、)


未だ、信じたいと思っている自分がいる。
手放したあの石ですら、「彼」の手によって戻って来るんじゃないかと、そう思っている自分がいるのだ。

浅はかだ。
解っては、いるのに。


「・・・だって、痛いだろ?」


それがどれ程の苦痛だったか。
自分には、推し量ることさえも出来ない。
ただ解るのは、きっと「彼」も痛みを抱えているだろうことだけ。
そう、バカみたいに信じているから。
きっとこんな自分の右手なんかより、ずっと。

いつか切り落とされた左腕。
昔馴染みと剣を合わせた瞬間の痛みや、今よりずっと何も解らずに無茶ばかりしていた自分に対する、あの頃の気苦労だって。
きっと、ずっと痛かったはずなのに。
それを垣間見せもしないで。

何が本当で何が嘘なのか。
そんなことが知りたいんじゃない。
そんなことを責めてるんじゃない。
ただ、ただ。


(俺は、何も知らないでアンタを疑うことだけはしたくないんだよ)


一番近くで守ってくれた腕や、不安を紛らせてくれた笑顔や。
確かに大切で、確かに支えだった思いがある。


(どうして傷を増やそうとする?俺は、アンタだけが犠牲になって済む戦争だって望んじゃいないのに)


過去の傷に触れる勇気のない自分には、新たな痛みを生まないよう、祈ることしか出来ないのだろうか。

甘いと言われても仕方ない。
王の器じゃないと詰られたって構わない。
それでも。


(・・・頼むから、)


今までの全部を、踏みにじらないでくれ。





これから失っていくであろうものについてその痛みを思うと、涙はごく自然にその頬を伝っていくのだった。

















05.ねぇ。その痛みはやっぱり、くるしいですか?


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2004.10.01
盲目的だとしても、その価値がある信頼。


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