空と海と陸地があって。
それから貴方がいれば他には何も要らない。
「ユーリ、どうしました?」
突然机の上に崩れ落ちたユーリに、コンラッドはいたって平静に尋ねた。
ユーリは机に肘をつき、両腕で頭を覆うようにして沈黙を守っている。
弾みで肘の下の書類がいくつかぐしゃりと潰れている。
これはやり直しかな、と冷静に分析しながらコンラッドは主の耳元で声をかけた。
「ユーリ?」
首を傾げて近付くと、微かに肩が震えているように見受けられた。
笑っているのか泣いているのか。
とりあえず後者はありえない。
そんな理由がない。
とすると、そこまで笑ってもらえるほど面白いことを口にしたのか。
改めて首を傾げ自分の発言を思い返すも思い当たることはなく。
それでなくても自分がなかなか、と思う話は大体がウケの良くないものなのだから、後者と同じく前者もありえないのだろう。
それも残念な話ではあるけれど。
それならば一体どうしたことだろうか。
もう一度、と耳元で名前を呼びかけたそのとき、ユーリはがばっと物凄い勢いで飛び起きた。
「・・・アンタ、本当に男女見境いねーよな・・・っ」
屈んだ姿勢から見上げた君主の顔は、それはそれは赤く染まっていて。
コンラッドは笑った肩を竦めてみせる。
「見境いない・・・酷いな、一応分別はある方だと」
「どう考えてもさっきのは男に言う台詞じゃねーだろ!」
「さっき?」
「・・・他に何も要らないってやつだよ」
ユーリの言葉に、コンラッドは得心した、というように頷き、そして笑った。
いつもの人好きのする笑顔とは少し種類の異なる―――思わず零れてしまった、そんな笑顔で。
ユーリはそれを見て殊更顔を赤くすると、口を噤んでしまった。
全て天然でやっているからタチが悪いと思うと同時に、この臣下にはどうしても敵わないと自覚してしまっている自分がいることをユーリは酷く憎らしく思った。
「まぁ確かに、愛の告白と受け取れなくもない」
「まんまだって」
「でも、本当のことですから」
笑顔に似合わないあまりに真摯な声に、ユーリは思わず真正面からコンラッドを見上げた。
「貴方が生まれてきたことを、俺はいつだって感謝してます」
創造主ではなく、貴方の母親にね。
コンラッドの言葉にユーリは何度か瞬きを繰り返し、それから再度頬を朱に染めた。
どうしてこの男はそんな特別な言葉ばかり吐けるのだろうとそう考え、あまりに今更なことに気付くのだ。
そうだった。
この男は、自分に全て捧げると言ったではないか。
その時点で(考えたくはないけれど)彼は自分に対してのみ、見境いなんか捨てたのだとしたら?
「口説いているつもりはないけど、俺にとってそれは凄く当たり前で今更なことなんですよ、ユーリ」
世界は美しく、生きることは確かな喜びだけれど。
其処に貴方がいなかったら何の意味もない。
空と海と陸地があって、そして。
貴方がいて初めて、この世界は美しいと思える。
それが、自分の真実なのだ、と。
「知りませんでした?」
楽しげなコンラッドの声を聞きながらユーリは「〜っ・・・」と声にならない悲鳴を上げて再度机の上に突っ伏した。
惜しげのない甘い言葉の連発に返す言葉もない。
ただただ恥ずかしさにのたうち回るユーリを微笑ましげに見て、ふとコンラッドは時計を見上げた。
いつの間にか昼食の時間が迫っていた。
そろそろギュンター辺りがやって来るだろうか。
そう思ったそのとき。
「・・・知ってたよ」
ぽつりと零された声に、コンラッドの目は未だ腕で頭を覆ったままのユーリへと向いた。
ユーリは腕の隙間からちら、と視線を上げて、先程よりも少しだけ籠った息で溜息を吐き出した。
それは、諦めとかそういったものを含んでいるにも関わらずどこか許容じみた甘い溜息だった。
「アンタが俺のこと愛しちゃってるのなんか、今更だろ」
自分で口にして嫌になってしまったようにユーリは腕を下ろして机に直に顔を伏せてしまった。
その耳が熱を持ち先程よりも赤く染まっているのを見て、一瞬きょとんとした後でコンラッドは酷く満足気に微笑った。
生まれるずっと前から見つめてきた。
ただ健やかに幸せに。
思えば願うことしかしてこなかった。
手が届くこの距離に貴方がいることには未だ慣れずに、時々夢を見ているような気分になる。
触れたら目は覚めるのに。未だ。
夢のような世界なのだから仕方ない。
貴方がいる。それだけで。
全て捧げても構わない。
腕も胸も・・・命さえも。
好きも愛してるも、全て。
空と海と陸地があって。
そして、貴方がいる。
ああ、世界はなんて美しいんだろう。
06.たくさんの好きと、たくさんの愛を、きみに
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2004.10.17
ちょっとやりすぎた。
ユーリはコンに報いきれてない自分がコンプレックスだといい。
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