思いを、そのまま言葉にするなんてこと。








生暖かい風が吹き荒ぶ中で、ただじっと一点を見つめていた。
其処に何かがある訳でもなく、ただ、何処にも足を踏み出す気になれなかっただけだ。
そうして、随分長い時間同じ場所にいる気がする。

夜も更ける、そんな時間に、ひとり。


「・・・連れ戻しに来たのか?」


固い声で呼びかければ、同じか、それ以上に固い声が返る。


「あなたの部下が探していますよ」


その声を聴く度に、どうしてか笑いが込み上げてくるのだ。
彼らしくない下手な演技も、自分らしくない冷静なフリも。
不自然すぎて、可笑しくて堪らない。


「もう少ししたら、戻るよ」

「そう言って戻った試しなんかないでしょうに」


ふ、と笑う気配が近付く。
言葉と口調は以前のまま、ただ、空気だけが気安さを何処かに置きざってしまったかのように冷たい。
気温が下がるようなその錯覚に、早とちりした脳が身体を震わせた。


「解ってんなら見逃せよな」

「出来ないことも、あなたは解ってるんでしょう?」

「・・・、まぁね」


わざと傷口に触れて、そうして傷付けあうなんてことどうして。


「本当に、戻るから。・・・5分だけ、放っておいてくれよ」


顔を向けることもせずにそう告げれば、僅かに躊躇う気配がある。
それは、馴染み深い優しさだった。
理性でなく、感情で物を考えてくれる彼の懐かしい優しさだった。


「もしその5分の間に襲われでもしたらどうするんですか」

「・・・さあ。そのときになったら、考える」


肩を竦めて見せると、諦めたような沈黙が落ちた。
立ち去る様子を見せない彼に、意地を張りすぎたかと吐息をついたそのとき。

風が、一瞬強くなった。


「・・・あなたには、解らないのでしょうね」


きっと、風下にいなければ掻き消されていた、声。


「残されて生きる、人間の気持ちが」


言葉尻が消えるよりも先に振り返ると、コンラッドは驚いた表情を隠さなかった。
大股で距離を縮めて、胸倉を縋るみたいに掴んで、出た声は情けなくも震えていたけれど。


「・・・けど、あんたにだって俺の気持ちは解んないだろ・・・!」


久し振りに触れた身体は記憶の中のものと何ひとつ変わらない。
その温度も、この身体を守るように差し出される腕も、仄かに薫るあの国の匂いも。


そんなことに、いちいち泣きたいくらい安心するんだってこと、知らなかっただろ?


「なぁ、俺だって馬鹿じゃないんだよコンラッド」


全部を疑ったり、憎んだりなんか出来ない。
ただ、思えば悲しいし、寂しいから。
思うことを、少しだけ止めたくなる。

それだって、そんな些細なことでも、凄く苦しいんだ。


「だから、もう止めてくれよ。俺は死なないから、ちゃんと、此処にいるから、」



―――――傍、に。


言葉は、長い指によって止められてしまう。
見上げた先で、泣きたくなるような微笑を浮かべた彼の唇が、動いた。


「        」


零れた言葉が先か、抱き込んだ腕が先か。
壊れ物を抱くように抱かれた身体がすぐさま熱を持つ。
胸の内を焦がすような、炎が灯り。


「・・・大嫌いだ、あんたのそーいうとこ」


いつか、この身体を焼き尽くすのだろうかと、ぼんやり思った。


「信じられないよ、あんたの言葉は」


彼の背中を抱き締めきれないこの腕は、いつも彼の思いを抱え切れないで。


「だって、いつも肝心なとこで俺のこと無視してんじゃん」


涙じゃ報えないことも、本当は思いなら届いていることも、知っている。
だけど、この声が彼に聞き届けられることは、きっとないんだろう。


「泣かないで、ユーリ」

「誰が。・・・あんたのためになんか、泣かない」


それくらい、あんたの決意は固くて、独り善がりで、残酷だって。



「あんたなんか、」







そんなの、とっくに知ってたよ。
















09.嫌い、だけど好き 嫌いだから、好き

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2005.03.11
だけど、好きだけが止められない。


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