いつかを夢見て、今日も願うよ。
青い絵の具を刷いたような空を見上げる。
まだ少し肌寒さを感じる季節ではあったが、目に痛いほどの青は少しだけ季節を先取りしたようだった。
「寒くないですか?」
「平気、平気。走る分にはこんくらいが丁度いいんだって」
ランニングの前のウォームアップを済ませ、ぐんと伸びをしたユーリは笑って応える。
濁りのない空同様、好意を全面に出した笑顔に慣れたのは本当につい最近だ。
ようやく同じ種類の笑顔を返せるようになった自分を、少しだけ褒めたいと思う。
疑うことを知らなければ彼のようになれるというわけではなく、かと言って、一度懐疑心を持ってしまえば、決して彼のようにはなれないだろう。
彼という人格が出来たのは、そんなカタチを持たない繊細な奇跡が幾重にも重なって出来たのだと、信じて疑わない。
「先ずは軽くランニング。前走ってもいい?」
「勿論」
コンラッドが頷いて見せると、ユーリはたんっと軽快に足を踏み出す。
競歩よりも少し速いスピードで森の中を駆ける背中を見つめながら、コンラッドは思った。
小さい小さいと思っていた背中が、自分の知らないところでいつの間にこれほど大きく成長していたのだろう。
まるで父親であるかのような感慨深さに、コンラッドは小さく笑みを零した。
もし彼が確かに自分の子供であったなら、これほど誇りに思うことはないのだろうけれど。
それでも、今こうして彼を守れる位置にいる自分をとても幸せに思うのだ。
一時は全てを失った。
そんな自分に、もう一度だけ手渡されたチャンスを誰がみすみす逃せるだろう。
(我ながら、貪欲だと思わなくもない)
こんな身に余るほどの幸せを、どう自分の中で解決して良いのか。
そんなことを考えながら前を行く背中をぼんやりと見ていると、ユーリは少しくすぐったそうに肩を震わせ、振り向かずに口を開いた。
「さっきからやけに嬉しそうだな、コンラッド」
「解りますか?」
「解るよ。言ったろ?俺は見なくてもあんたがどんな顔してんのか解るって」
そう言う彼も、きっといつもの目に染みるような眩しい笑顔で笑っている。
それくらいは、見えない自分にも解るのだとコンラッドは笑みを深くして頷いた。
「何だよー、何笑ってんだよ」
「言ったら多分怒りますから、言いません」
「実は要領悪いよな、コンラッド」
そんな風に言われて、気にならないヤツいんの?
軽快なリズムを崩して隣りに並んできたユーリは唇を尖らせてコンラッドを見上げた。
「すいません。大きくなりましたね、ってただそれだけなんですけど」
「・・・ああ、それは確かにちょっと怒りたいかも」
からかうなよな、と横目で睨むユーリに笑って見せ、走るスピードを落とす。
通常の徒歩程度に落ち着いてしまうと、ユーリは仕方なそうに肩を竦めた。
「これじゃトレーニングになんないよ」
「じゃあ今日はトレーニングじゃなくて、少し話でもしましょうか」
「『今日は』?」
「今日も明日も、明後日も」
「それって、ずっとってことだろ」
「そう言ってます」
回りくどいよ、とユーリは苦笑して小さな手をコンラッドに伸ばした。
「そんな口約束なんかなくたって、俺はあんたと話したいけど?」
いつの間にか訪れていた春は、こんなにも愛しいものだったろうか。
コンラッドは、小さな身体を抱きしめながら泣きたいような幸福を思った。
季節も介さない日々があった。
誰も愛さず、誰に愛されることなく死ぬことが出来たらどんなにいいだろうと。
そんな風に考えたことさえあった。
なのに今、こうして確かに幸せに触れている。
今は未だ背中を見つめているだけでも充分に思えるほど。
それでもいつか、あなたの横に並ぶことが出来たなら。
そのときは。
11.今だけは背中を見ててあげるけど、いつかは
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2005.01.18
あなたを、いつか心おきなく幸せにしたいと思うよ。
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