真っ白に輝いて、それは、まるで純白の花火のように。
綺麗だ、と。
そんな陳腐な一言で言い表せない美しさを、この目はどれだけ見てきたろう。
例えば穏やかな風に凪ぐ水面が、金色の光を受けて鏡のように輝く瞬間だとか。
雨上がりの虹を内包し、葉を滑り落ちる水の粒だとか。
大いなるものの前で、言葉はいつだって無力だ。
言葉を凌駕するものの前で、自分は沈黙する以外に術を知らない。
そして身に付いた曖昧な笑顔は、いつからか人好きのするものと受け入れられてしまった。
本当はただ、言葉を失うことへの恐怖に負けないよう、ただそれだけだったのに。
それでも、失望することはなかった。
たったひとり、自分を理解していてくれる人がいれば人は強くなれるのだと、そのことを知っていたから。
「どう、コンラッド?」
ジュリアは新しいドレスを纏い、ひらりと一回りして見せた。
その少女のような仕草にコンラッドは小さく笑みを零すと、徐に立ち上がってその白い手を取った。
「綺麗だ。よく似合っている」
「もう。どうかしら、そう言っているのよ。コンラッド」
見えていない筈の瞳は正しくコンラッドを捉え、僅かに拗ねたような色を見せる。
彼女の意図は汲んでいたけれど、その表情が見たくていつも的外れな返答ばかりを繰り返してしまう。
それは既に、言葉遊びのようなもの。
「すまない」
「いいわ。いつものことだもの。それで?あなたの目にはどう映るのかしら」
「そうだな・・・」
失礼に当たらない程度に視線を走らせる。
真っ白で装飾の控えめなドレスは細身の彼女を映えさせ、よく似合っていた。
綺麗だ、と。
その一言では足りない。
けれど、言葉を飾ることは嘘をつくことと同義に近い。
いつだったかそのことに酷く戸惑った記億もある。
しかし、もうそんなことで頭を悩ませることはなくなった。
彼女に捧げる言葉に嘘はひとつもないと、自分さえ信じていれば良いと気付いたのだ。
「真っ白な光、と言えばいいのかな」
ジュリアの気高さ・美しさを言葉で表現することは出来ない。
言葉は無力だったけれど、それでも、とコンラッドは思う。
それでも、彼女を喜ばす言葉なら自分の中に溢れるほど存在するのだ。
コンラッドは控えめに、けれど穏やかに断言した。
「全ての色を内包した、純白の花火のようだ」
そして、そんなコンラッドの言葉にジュリアはそっと微笑った。
「・・・最高の賛辞ね」
「満足してもらえたかな」
「勿論」
手を取られたままくるり、ともう一度回転して見せたジュリアは嬉しさを隠さずに微笑む。
窓から差し込む冬の穏やかな陽射しを受けて、彼女はやはり美しかった。
こんな時間が永遠に続くものだと信じていた。
自分は彼女の目の代わりに世界を言葉というもので表現し、彼女はその拙い言葉から世界を広げていく。
そんな愛しい時間が、この先もずっと続くのだと。
あの頃は、それを疑わずに。
「・・・コンラッド?」
ふいに翳った視界に、うっすらと目を開ける。
すると、闇色の瞳が自分を覗き込んでいることに気付いた。
「珍しいなー、コンラッドがうたた寝なんて」
「あぁ、すいません陛下。・・・何か御用でしたか?」
「あー、いや別に・・・」
言葉を濁し目を泳がせるユーリに、コンラッドは首を傾げる。
ユーリはそれを見て苦笑いをすると、窓の外を指差して言った。
「雨上がったから、キャチボールしようと思っただけ」
言われて、ようやく眠り込んでしまう直前までぱたぱたと窓を叩いていた雨音がしないことに気付いた。
見ると、カーテンの隙間から光の粒子がキラキラと零れている。
立ち上がりカーテンを引くと、今にも落ちてきそうだった灰色の空は、目に痛いほどの青空に変わっていて。
「疲れてんだろ?たまには休めよな、コンラッド」
肩越しに振り返ると、青空に負けない眩しい笑顔がある。
ああ、そんなところは本当によく似ている。
密かに嬉しく思う気持ちは胸の奥に隠して、微笑い返した。
「・・・いえ。気分転換しに行きましょう」
冬の暖かい陽射しの下でまたあの笑顔が見れる。
今見上げているのは絶望の中で見上げた空じゃなくて。
「きっと、外は気持ちいいですよ。ユーリ」
あの日、彼女が見上げた、空だ。
12.きみと共有するものは、空気とことばと、それともう一つ
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2004.10.07
だけど彼と彼女はちゃんと違うことを知ってる。
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