願いは、いつだって独り善がりで。










「指先が冷たい。・・・緊張しているんですか?」

「まさか。何で今更あんたに緊張なんかするんだよ」


そう言って、笑ったつもりの頬が強張る。
いくら至近距離にいたところで、こんな棺桶の中にいては互いの表情など見えはしない。
それでも、自分が彼の表情を読めるように、きっと彼には全て見透かされているのだろう。
ともすれば震えてしまいそうな手のひらと、不安を映して温度をなくした指先。

そんなものを、彼に向ける日が来るなんて思わなかった。


「殺すつもりはなかった。・・・そうなんだろ?」

「ええ。」


穏やかな声は、ただ心の内を見せないだけに止まる。
そこにいつもあった優しさを拾えないのは、どうしてだろう。
ユーリは熱のこもった溜息を飲み込んで、見えないのを承知で微笑んだ。


「今度こそ、あんたは裏切らない。・・・それを信じるよ」


ふ、と耳元を掠めた息で、コンラッドが笑ったのが解った。
微かに、けれど確実に嘲りを含んだそれは、これまで自分の前では決して見せなかったものなのに。


「コンラッド」

「失礼。・・・あなたに誓った忠誠は永遠です。それだけは違えませんよ、決して」


あれほど望んだ彼の言葉であった筈なのに、どうしてか胸が詰る思いだった。


「・・・解ってる。信じるよ。今もこれからも。俺は、ずっとあんたを信じてきたんだ」


そう言葉にしながら、何故か釈然としない。
瞼を閉じながら、幾分か速いふたつの鼓動を聞いても嘘かどうかも解らない。
彼と、自分の真意は一体何処にあるのか。

ユーリは乾いた唇を舐め、目を開いた。




「せめて、・・・裏切らないでいてくれたら、それでいいから」




もう二度と、あんな風に傷付けられたくなかった。
信じたい。信じさせて欲しい。
頼むから。



「―――解っているつもりです。」


コンラッドは、言葉を切って「ただ、」と続けた。




「ひとつ、理解して下さい。あなたが裏切りと思うことでも・・・俺にとって、裏切りでは有得ないということを」




ガタン、と傾いだ荷台の音を皮切りに一瞬会話が途切れる。
舌を噛みそうになって、訊き返しかけた言葉を飲み込んでしまったのだ。


「コンラッド?」


押し黙った彼の腕を、縋るように掴む。
彼の言葉が甘やかに脳内を侵食していく。
まるで、都合良く解釈しても構わないと言うようにコンラッドは押し黙ったままだ。
身体を包む温もりは変わらないのに、ユーリはすぅと全身の血が冷えるようだった。


「・・・あんた、前に言ったよな?」


確信など持てないまま、けれど鼓動が速まっていくのを止められずにいる。
まさか、でももしかしたら。
喉の奥から搾り出すように掠れた声で、ユーリは尋ねた。


「何もかも、俺には捧げるって。・・・それは、本当に『全部』が含まれてるのか?」


コンラッドは答えない。
じわりと汗をかいた手のひらで、彼の手首を掴んだ。


「・・・答えろ、コンラッド!」


搾り出すように叫ぶと、小さく、それでも確かに笑う気配がした。




「―――あなたを守るためなら、俺は全て捨てて行きます。」




小さな棺桶の中で、酷く静かな声は反射もせずに耳の中に落ちて。
その瞬間、何もかも理解出来たような気がした。

彼がしてきたのは、裏切りなどではなかった。
彼は今までもこれからも、きっと、一度として自分を裏切ることなどないだろう。
左腕も、命も、彼が育ったあの優しい、穏やかな光に満ちた場所さえ、彼は自分のために捨てるという。



彼がしてきたのは、全て自分を守るための伏線。




「・・・何でだよ、何でもっと早く」


気付きたくなんてなかった。
そんなことに、今更。

誰よりも信じているつもりだった。
他の誰が疑っても、自分だけは信じていようと。

そう、思っていたのに。





「裏切ったのは、俺だったんだな・・・?」





諌めるような手が、静かに口を塞いだ。
謝罪すら彼は優しく拒んで。




「あなたが生きている。・・・俺は、それだけで良いんです」








裏切り者は彼ではなかった。



彼の優しさを疑った自分こそが、唯一人の裏切り者だったのだ。















14.まだ言葉というものに怯えたままのぼくから、


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2005.01.18
傷付くのをこわがったまま、ごめんなさいも言えずに。


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