あなたに、誓った。

何気ない場面でふわりたゆたう幸せに触れては、言葉をなくしていたあの頃。
守るための腕はあなたに触れることを迷わないのに、ただ、あなたに触れるためだけのこの腕はいつも躊躇ってばかりだった。
不思議そうに見上げてくる彼には曖昧に笑うことで返してきたけれど。
もう、あの頃のようには上手く笑えない気がする。
 

待っていて。
きっと、迎えに行くから。

 
だけど、あの言葉をまだ叶えていない。
遅れてしまった約束。
今からでも、遅くないかな。
あの頃のようには、上手く出来ないかも知れないけど。








コンラッドはグレイブスの歩幅に合わせ、早足になりながら汚れた手のひらを握り締めた。
短く切ってあるはずの爪が手のひらに食い込むほど、強く。
握り締めた骨が軋んで、震えかけた拳に気付いたグレイブスが前を見つめたままで口を開いた。


「自虐的になるのは何もかも終ってからにしたらどうだい。今は剣を握る大事な手だ。そうだろう?」


コンラッドは一度呼吸を飲み込み、長く息を吐き出した。
イエス。
短く答え、軋む指をゆっくりと剥がす。


「すいません」

「謝る必要はないよ。ただ、少し冷静におなりよウェラー氏。まだまだ時間はかかる。これからどうするかを考える方が得策だとは思わないかい」

「・・・はい」


彼女の言う通りだった。
コンラッドは汗の滲むこめかみを手の甲で拭い、唇を噛んだ。
余計な感傷になど浸っている暇はない。
なのに、どうかすると浮かんでくる彼の残像が冷静でいられなくさせて。


(・・・ユーリ)


数時間前に触れたばかりの手を見る。
伸ばした指の先で、彼が自分を見つめた目がまだ焼きついている。
あんな顔をさせるために、あんな言葉を言わせるために彼の前に現れたわけではないのに。
後悔だけは二度としないつもりだった。なのに。


(俺はまた、繰り返そうとしているのか)


長い長い時を経て、また、同じ後悔を?


「どうにも不思議なんだけどね」


グレイブスはコンラッドを一瞥してから首を振った。


「その服の所為かい?あたしには、どうもあんたがずっと。そう、ずっとだ。何処にいても居心地悪そうに見えて仕方ない」


彼女の言葉に、まだ着慣れない服の袖を見遣る。
馴染みなさはずっと変わらない。
込み上げる笑みは、多分に自嘲を含んでいた。


「自分でも、似合わないと思いますよ」


彼がそう言ったように、やはりこの服は自分には似合わない。
着慣れない正装よりも、どうかすると居心地の悪い服だ。
けれど、着ているものは思う心に何も関係がない。


「それでもあの方を守れるなら。・・・そう思っていたから」


呟きは、胸騒ぎを助長させる。
空っぽで独り善がりな自分の心臓が、単に彼を思って不安がっているだけだと自分に言い聞かせる。
この息苦しさが全て杞憂であれば良いと、心から思っている。
けれど、願うたびに気の所為では済まされない頭痛がする。

他の何かでは埋めることが出来ない。
それは全てに言えることだったけれど、なくすことを思うだけでこんなにも心が凍りつくのは他では有り得ない。
天秤にかけることは彼が嫌うからしたことはなかったけれど。
もし、他の何かを失うことで守れるなら迷わないとずっと思っていた。
この手にあるもので足りるのなら、何を捨てても構わない。

そんなことで、あなたを守れるのなら。


「随分、傲慢に聞こえるね」

「そう思います」


鼻で笑うように言ったグレイブスに、コンラッドも少しだけ笑う。
その強さに、祖国の女性らを思い出した。


「それで陛下はお許しになるのかい?」

「・・・いいえ」


大抵のことには笑って許してしまう彼だけれど、正しくないことは嫌いだと憤る彼は。


「許しては、くれないでしょうね・・・」


だけどもしも。
こんな自分を、それでも彼は怒ってくれるというのなら。


(ユーリ)


――それは、なんて幸福かと思う。

あなたに届かない声や思いを、全て諦めたわけではないんだ。
ただ、あなたを悲しませるだけの言葉ならいっそ何も伝えずにいたかった。
勝手だと詰られても、耐えられないと思った。
もしもあなたが涙を流すとき、今このときに思いつくどんな言葉も、あなたには伝えることが出来ないから。
手を伸ばせば触れられる距離にいても、その涙を拭うことも出来ない。
かける言葉も、抱きしめる腕もない。

ただ、願うことしか出来ないこんな心で。


「・・・へイゼル」

「何だい」

「あなたの力が、必要なんです」


急に歩みを止めたコンラッドをグレイブスは怪訝な目で振り返った。
その瞳は、心の一番奥底までも見透かすような色だった。
爪の先ほどの偽りも許さない。
そんな目で。


「私を信じてもらえなくても構わない。けれど陛下を、あの方を信じて下さい。彼ならきっと、あなた方をも救うことが出来るはずだ」


黙って見つめてくるはしばみ色の瞳から目を逸らさず、拳を握り締める。


(そう、ユーリ。あなたになら出来る。)


不安はなかった。
どれだけ深く見透かされようと、自分の中にはたったひとつの真実しかない。
まるでそれ以外は初めから存在すらしなかったように。
それは驚くほど疑いようがなく、この胸に息づいている。


「・・・彼を、守りたい」


今までもこれからも、決して変わらない心。


「そのために必要なことなら何だってする。お願いです、へイゼル」


守りたいと思った。
魂、笑顔、彼の生そのものを。


(だけど、本当はそうじゃなかった。俺は、あなたを、)


泣き笑い怒り、全てを抱きしめ愛したいと願う心。
志や正義、傷付きそれでも輝きを損なうことのない、あの光。
ずっと、守りたいと願っていたのは。

そんなあなたの心、そのもの。


(そして、もしも願うことが許されるのなら)


誰よりもあなたの傍で。
あなたの心を守るために生きていきたいと。

いつの間にか、そう願うようになっていた。


(嘘がつけなかったのは、その所為だ)


あなたのいない場所では笑えなかった。
それが答えで、今までずっと、間違え続けてきたことだった。

あのときは確かに、守るために放した手だと思っていたけれど。


「力を。陛下を助けるために、貴女の力を貸して下さい」


もう一度、今度こそ彼をこの手で守るために。
あの手を繋ぎ直しに行こうと思った。

今度こそ、もう決して放すことのないように。


「・・・いいだろう」


グレイブスは満足げに目を細め、その腕を高く振り上げた。


「ついておいで、ウェラー氏。――信じてみようじゃないか。陛下を、そして」


あんたをね。

そう言った笑顔に一瞬息を詰め、頭を下げかけたコンラッドを制し、グレイブスは歩き出す。

顔を上げたそのとき、彼女の背中越しに分厚い雲に覆われて途切れがちな光を見た。
真っ白な雲に遮られた、真っ白な光。
それは淡い希望のようにも思え、どこか彼をも連想させる色をしている。

コンラッドは密かに睫を震わせると、グレイブスの後を追うべく足を一歩、踏み出した。








どうか。
願いは、祈りはあなたに届くだろうか。
あなたを迎えに行くことが出来たら、あなたに何を話そう。

例えば真実を。
そうでないのなら、あなたが望む――そして、この心がそうであれば良いと願う――理由を、話したいと思うんだ。
上手くあなたに話せるだろうか。
あの頃のようにあなたを安心させることが出来るかどうかは、やっぱり解らないけれど。

今、あなたに手が届くのなら、どんなことでもしよう。
だから、どうか。


「・・・どうか、無事で」


ユーリ。
今度こそ、あなたに触れるためだけのこの腕であなたを守るよ。
 



『だから、待っていて』




そして今度こそ。

あなたを、迎えに行くから。
















「I promise you.」

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2005.11.03
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